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福塩線(昭和56年)

70系最後の年、昭和56年の画像です。(一部それ以前もあり)70邉サ300邱ィ謌神convert_20090507205402
横尾-備後本庄
地元では「中津原」と呼ばれる場所です。
国道182号線よりちょっと歩いて、用水路脇の小道をたどるルートでした。
モハ70は後ろ側に半鋼製のモハ70が写ってます。
繧ッ繝・6+300++1_convert_20090507205434府中電車区にて
70系のさよならが近づくと、前面方向板を盗む輩が出てきて、このころから、ベニヤ板にペンキ書きの物になっています。蠎應クュ髮サ霆雁玄_convert_20090507205656府中電車区にて
午後3時頃になると、電車区内で入れ替えが始まりす。丁度夕方のラッシュ運用が始まる前の作業です。画像は入れ替えがおわり、一段落して、出庫前の一時です。繧ッ繝「繝・200+荳ヲ縺ウ_convert_20090507205537府中電車区にて
105系が入区してきました。(画像は出していません)一番左(西寄の留置線)に真新しいクモハ105-1+クハ104-1+クモハ105-2+クハ104-2が陣取りました。追い出されたクモハ32000は丁度検修庫のところに移りました。
繧ッ繝「繝・2000_convert_20090507205606府中電車区にて
私のハンドルネーム「クモハ32000」ご本尊様です。
全検上がりの美しい「ブドウ色2号」です!
吹田工場(今回は鷹取工場入場)特有の側面配管のピンク掛かったクリーム色が目立ちます。


これらの仲間も昭和56年12月のさよなら運転を境に過去のものとなってしまいました。

テーマ : 鉄道
ジャンル : 趣味・実用

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綺麗ですよね!

平機関区さま
おっしゃる通り「クモヤ」代わりに使われてました。入れ替えというより、工場入場時のお供です。
画像の妻面が見えているのは、モハ70 の300番台の妻板です。
丁度、パンタ側なので資料になりますね(笑)
今となっては「撮っておいて良かった」的な画像です。

クモハ32のお仕事

クモハ32は車体にツヤがあり、手入れの良さを感じさせますね。
ここでは、事業用車的として使われていたのでしょうか?

3枚目の写真は、サハの妻面の様子が分かり、模型化に役立ちますね。(^^


電磁ユルメ弁

genta-nozz さま
あの一回り小さなジャンパー栓と受はブレーキの電磁ユルメ弁の制御用です。
80系、70系では300番台以降から、標準装備になりました。
編成が長くなる場合、運転席のブレーキ弁の減圧だけに頼ると、編成の前後で、ブレーキ緩解のタイムラグが問題となるので、電磁弁で編成全車一斉にコントロールするようになりました。その為の制御回路です(*^^*)

教えて下さい

70系(80系もですが)の先頭車に付いている小さいジャンパー栓は何の為に付いているのですか?
登場時には付いていなかった記憶があります。
模型化には厄介ですね。
プロフィール

クモハ32000

Author:クモハ32000
鉄道模型暦35年御年うん十歳の既婚者です。
小学校4年生の時に買ってもらった「楽しい鉄道模型セット」が始まりでこの世界に鼻の先までどっぷり漬かっています・・・。
H.Nのクモハ32000は私が中学生の昭和56年の10月に府中電車区で亡き親父のキャノンFXで撮ったものです。
丁度鷹取工場からの全検出立てで美しいブドウ色2号に塗られてきていたと覚えています。初めて出会った戦前型の旧型国電に感動したのはいうまでもありません。以来、私のお気に入り車両となりました。

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